不思議なお話 -外壁の向こう側、 6番と緑のスカーフ

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清水研介Eメール:
kenshi@utu.fi
kensu77taide@hotmail.com


以下は、私が作った「不思議なお話-外壁の向こう側、6番と緑のスカーフ」という題名の掌編です。清水研介

製作者 清水 研介
© Copyright 2008 Kensuke Shimizu
All rights reserved.

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不思議なお話
-外壁の向こう側、6番と緑のスカーフ


清水研介(Kensuke Shimizu

人が少ない日曜日の街の広場に辿り着いた。石畳の広場の上を、人々が通り過ぎる。やや遠くには、大聖堂の塔が建物の間から、見えていた。平日の市の姿は、日曜なので無く、石畳の群れが、薄い雲に隠れた太陽からの弱い光に反射して、存在感を示していた。

店は、閉まっていて、ファッション服の店のガラス窓や鏡が、人の姿を取り込んでいた。歩行者は、平日より広々とした感の道を、あるものは、悠々とした気分で、またあるものは、家路へ急いでおり、また、別のあるものは、その夜の食事の準備について考えて、それぞれ進んでいった。

私は、あるファッションショーの広告が目にとまった。デパートやファッション服の店などのショーウインドウにある、着飾ったマネキンや、広告の中のモデル達、などのポーズを見ては、考え事をした。

平日よりも、止まった感じに見られた。その止まった、ある意味、絵になったかのような街の中に、私はいた。自分が止まったショッピング街の中で、いつもより、人より物に眼が入っていた。だが、そんな中、絵の中にふっと若い女性が現れた。その若い女性は、階段の手すりに寄りかかりながら、携帯電話のボタンを押していた。数分後、男性が現れ、会話が始まった。ベンチに座っている人も、絵の中かあるいは彫刻のような感じで、日曜日のゆったりした時間に身をゆだねて、そこに座っていた。時間は、動いているが、止まっているかのように。

外壁の上部が若干はがれて、外塗りの色が落ち、レンガが顔を覗かしていた。もう何年もここに住んでいるというのに、このことに気づくのは、この日が初めてのように感じられた。

レンガが顔を覗かしている箇所に気づいてからは、頻繁にその部分を、気になって見てしまう。ここのところの雪で、道の雪上の足跡が目に付くようになり、その行方を辿っていくと、この建物へ向かっているのに気づいた。

次の週の金曜日夜ともなると、この建物前には、人がごった返していた。ここには、どうやらディスコか何かがあるようだった。私は、あまりディスコには興味はないのだが、あの外壁の内部を覗いてみたい気がして、ある週末にそのディスコへの行列に加わった。

ディスコへの行列では、緑のスカーフが印象的な女性が、人々に番号を配っていた。私の番号6番を呼ぶ声がした。私は起き上がった。ベッド上にいた。自分の家ではなく、初めて見るような部屋の壁、天井、机に多少驚きを覚えながらも、心地よい気分もした。

私は、6番と言われたような気がして、立ち上がると、ドア上の矢印が目に入った。矢印の進む方向へ歩くと、緑の毛糸が廊下上や壁に連なっている不思議な光景を目にした。しかし、何かに押されるかのように、そのまま前へ歩いていった。眩しさを感じると、自然に力が抜け、気がつくと再び外にいた。周りには誰もいなくて、ただあの外壁がこちらを向いていた。

翌日、街のアーケードを歩いていると、私の友達ケートが「ひさしぶりです。」と笑顔で挨拶し、「私には考えがある。ここにいて。」とさらに言った。しばらく待ってから、ケートが戻ってきて、「ここにいましょう。こちらへ。」と言うので、ついていった。私達は、アーケードの奥のドアを開け、さらに歩いていた。すると、緑色のスカーフの女性がいた。「6番。」と言われた。私は、再びある部屋のベッドに横たわっていた。

この街の明りはオレンジが主で、白の電灯もところどころ印象的に見られた。夜の始まりは早いが、真夜中、夜空を見上げると、月が美しい姿を表していた。足元には、凍った雪の塊が、自転車や歩行者の跡を残し、こちらを見ていた。野ウサギが右から左へと雪の上を走り去り、時折車の往来が見られた。私は、考え事をしていた。自分は何者なのか、よくわからなくなっていた。近くのバーは、まだ開いていた。ドアのところの女性が、不思議なことに、自分のようなものに向かって、来るように、緑の手袋の中の指を曲げて、合図をしていた。私は、その指に誘われるように、入っていった。ドアからは、まず、カック氏と呼ばれる人物が紫背広を着て、私に握手の挨拶を求め、私は丁重に答えた。狭い回廊がドアの後には続いていて、左右の壁には、意味不明の記号めいた男女姿の写真が等間隔に置かれ、時には、写真の中の人物の眼の辺りがダイヤで光っていた。あたかも誰かが私をそのダイヤの奥から覗いているかのように思えた。照明が徐々に暗い紫調へと変化していった。私はわからなくなっていった。この先には何があるのか、何もないのか、あるいは誰かがまた立って誘うのか、あるいは、誰もいなく孤独なのか、あるいは、また外に出るのだろうか。

緑色の毛糸が前に見えたかと思うと、スルスルと消えていった。私は、その毛糸を追うべきという感覚に襲われ、前へ歩いていった。毛糸は壁面に時折現れたかと思えば、廊下上へも現れた。矢印が見えた。その先には半開きのドアがあったので、そのドアを押してみた。すると、ベッドがあった。下の方から何かの番号を呼ぶ声がした。「6番。」という声が聞こえた。

街の広場では、市場が夕方まで開かれていた。私は、心地よい気分で、夢見ていた。遠い国のことを。魚達が海の塩の匂いを市場へ運んでいた。劇場前は、改築工事中のため、木造の迂回歩道が急遽見えるようになった。そこには、先日造られたばかりだというのに、もう既にグラフィティの落書きアートが着々と築かれつつあった。人が歩くたびに、木の軋む音が聞こえてきた。ハイヒール、運動靴、小さな靴、それぞれ違う音を作り出していた。その道のすぐそばを、近距離バスが往来していた。交差点でそのバスはしばしば停まり、今度は、買い物袋を持った人などが広場とそのまわりの店へと行くために、交差点を渡るのだった。空には、カモメが交差点などお構いなしに、港からやって来て、市場や川の周辺に、群がってあるいは孤独感にひたりながら、停まっていた。

私は、図書館へ行かなければいけなかった。この日に本を返さなければ、遅延料金を払うことになるからだった。カモメを横に見ながら、道を右へ左へと曲がり、図書館へと着いた。図書館は、市場とはまた違った雰囲気を提示していた。市場では、人は動きがあるが、ここでは、人はゆったりとしている。本を返却や貸し出しで、バーコードが読み込まれ、その後に、本がさらに動かされ、その一連の動作の際に生じる音が何かの機械の音のように、ひっきりなしに聞こえてくる。緑色のスカーフが印象的な女性がこちらを向いていた。私を知っているかのような表情を見せたが、私には、会ったことがあるのか思い出せない。

私は、夜に何かに誘われるかのように、外を歩いていた。図書館で聞いたような機械音が煉瓦の壁の向こうで聞こえてきた。緑色のスカーフの女性が立っていた。「また会いましたね。」とその女性は言って、煙の中へ消えていった。

ベッドに、私は、横たわっていた。来たことのない所のようにも感じられたが、何か近いうちに緑の毛糸を見るような予感があった。あるいは矢印だろうか、と思いを巡らしていた。

私は、携帯電話の存在を感じ、右手で布団の中を探った。手におさまる硬いものを感じ、手元にまで引くと、それは自分の携帯電話のように思われた。ケートへメッセージを書き始めた。「今まだベッドにいる。疲れているようだけれども、心地よい感じもする。」とだけ書き、送信をした。緑色のスカーフの女性がいた。「大丈夫。落ち着いて。正常。休めば大丈夫。」と言っているかのような気がした。スカーフの先から緑色の毛糸が連なっているように思えたが、いつのまにか眠りについているようだった。

「6番。」という声がしたように感じられ、起き上がると、朝日がベッドへ向けて射しこんでいた。毛糸がこちらを向いていた。私は、毛糸を追って、廊下へ進んでいった。毛糸の先にはケートがいた。「さあ、こちらへ。」とケートが言うので、ついていった。「さあ、今なら大丈夫。これを持って行って。」とさらにケートは言い、私は、その通りに何かを持って、これからどこかへ行こうという気持ちになった時に、ある声が私を止めた。「待ちなさい6番。」という声がした。

私はベッドの中にいた。机には、しばらく前に食料品店で見たような気がする果物が置かれていた。みかんがあったので、皮をむいて食べ始めた。なぜここに果物があるのかはよくはわからなかったが、なんとなく、自分が買おうとしていたものであるように感じられた。すると、また再び眠りについたように感じられた。

携帯電話が鳴り、飛び起きると、ケートからだった。「果物があるうちは大丈夫。このあいだは呪文を解けずに悪かったわ。本で呪文解きを勉強しているから、もう少し辛抱してね。」とケートは落ち着いた声で、まだ眠っていたかった私に言った。

机を見ると、まだ果物が置かれていた。私は、みかんを食べ始め、果物の奥に何か置かれている物に気がついた。それは、どうやら、果物を絞りジュースにすることができるというものであった。「これもケートのマジックかな。」と呟くと、携帯電話が微笑んでいるような錯覚を覚えた。「希望的観測もどこかにあるのかな。」という呟きが頭をよぎった。


[「不思議なお話-外壁の向こう側、6番と緑のスカーフ」のウェブサイト・ヴァージョン。
2008年1月。製作者は、清水研介。
]

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